2021年7月12日月曜日

ヴァージニア・ウルフ「波」

昨年夏から翻訳を始めて6月にAMAZONからkindle本として出版したヴァージニア・ウルフ「波」が今日初めて売れた。正確には出版を知らせた知人がすぐに買ってくれたのだが、見知らぬ読者の手元に届くのは初めてだ。ウルフの作品の中でも読者を選ぶことにかけては随一のものだから、こういう読者が現れたことが嬉しい。どこのどなたか存じませんが、どうぞゆっくりとお楽しみください。
もう20年以上も前にこの作品を翻訳で読みかけたとき、訳者はずいぶん手こずっているなという印象を受けた。翻訳で読みたいと思う読者は苦労するし、作者も気の毒だと思った。そしてなによりも自分の理解をより深めるためには翻訳してみることだと思ってやり始めた。
幼馴染の6人の男女の次々と波が押し寄せるようなモノローグの展開を追うにつれて、各人の意識の諸相が活き活きと輝きだす。6人はそれぞれに個性的だが、なかんづく惹かれたのは、自分には顔がないと思い、いつも人よりは一歩遅れていて、最後は自死してしまうローダの人生に絶望していく心の動きだ。水鉢に浮かべた白い花びらを船に見立てて遊んでいるローダ、そのしゃがんだ後ろ姿の憐れさだ。ぼくが翻訳しようと思ったのは、この登場人物ローダへの哀惜のためでもあった。
読者がこの作品を手に取って静かに味わって下さることを願っている。