大将がばかであるゆえに起こってくる結果は、同じようなばか者を重用するということである
和辻哲郎「埋もれた日本」を読んでいたら、次のような一節があった。
武田信玄の老臣高坂弾正信昌が、勝頼の長篠敗戦のあとで、若い主人のために書き綴ったといわれる『甲陽軍鑑』に、「我国をほろぼし我家をやぶる大将」のことが語られていて、
《大将がばかであるゆえに起こってくる結果は、同じようなばか者を重用するということである。そのばか者がまた同じようなばか者に諸役を言いつける。したがって家中で「馳しり廻るほどの人」は、皆たわけがそろってしまう。そのたわけを家中の人が分別者利発人とほめる。ついに家中の十人の内九人までが軽薄なへつらい者になり、互いに利害相結んで、仲間ぼめと正直者の排除に努める。しかも大将は、うぬぼれのゆえに、この事態に気づかない。百人の中に四、五人の賢人があっても目にはつかない。いざという時には、この四、五人だけが役に立ち、平生忠義顔をしていた九十五人は影をかくしてしまう。家は滅亡のほかはないのである。》
最近これと似たことがどこかの国とその国の放送局であったように思うのだが・・・
(2014年4月1日記)
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