2013年9月10日火曜日
飯田真・中井久夫「天才の精神病理」を読む
今、日本で、その言説に最も信を置いている人は中井久夫氏である。
20年以上も前にふとしたことから中井氏の言説に接して以来、中井氏の専門的著作を除く一般向けの文章は殆ど目を通してきた。そして、読後必ず、「ここに最も信頼するにたる真性の知識人がいる」という確信を抱き、その確信は以後ますます深まるばかりである。その中井氏がどのような関心を持ってそのキャリアをスタートせられたのか、という興味に引かれて本書を開いた。
中井氏は精神分裂病(統合失調症)を専門とする精神科医で、長く大学で治療と研究に当たってこられたが、この著は氏がまだ30代半ばで精神科医としてのキャリアを歩み始めたばかりの頃に書かれた、おそらく最も初期のものである。
もとは中央公論社発行の雑誌「自然」からの依頼によって、共著者の飯田氏と分担して執筆し、相互検討を経てまさに一体の共著としてまとめたと、あとがきに記されている。
この著は、精神病理の4つの圏域として、分裂病圏、躁鬱病圏、神経症圏、てんかん圏をあげ、てんかん圏を除く3圏に属する科学者を2名ずつ、計6名を選びだし、その病蹟と科学研究との関連について明らかにしようとしたものである。分裂病圏ではニュートンとヴィトゲンシュタイン、躁鬱病圏ではダーウィンとボーア、神経症圏ではフロイトとウィーナーが取り上げられている。
科学者の気質があるときは研究に対する強い抑制となり、あるときは創造的成果に結びつく、という事情を科学者の伝記的事実を踏まえて詳細に描き出し、科学者の生涯を貫く精神病理との戦いが優れた科学的成果を生み出していく現場を、愛情と敬意を込めて明らかにしていく。創造性豊かではあるが困難な人生を生きねばならない人間を目の前にして、われわれはその素晴らしさを知り、そして病の力というものに深い感動を覚えるのである。
フロイトを論じて、その末節に次のような言葉が書かれている。
「われわれ精神医学者の内面には多少なりとも心の棘というべき病的な部分があり、この部分がわれわれを動かし精神医学への関心をひき起こし、病める人間の複雑な世界を理解することを可能にさせているのではなかろうか。(中略)患者が治療者の鏡に照らして自己の病理を洞察し病気から脱出するように、治療者も患者の病理を媒介にして自己洞察を深め、患者とともに自己を治療し続けてゆくのが精神医学の優れた臨床家であるようにさえ思える」
中井氏のその後の足跡は、ここに述べられたことを誠実に実践していかれたものであって、多くの著作のなかにこの実践から得られた人間に対する豊かな洞察が展開されていく。その一端に触れて、「最も信頼するにたる真の賢者がいる」という確信は日々いっそう深まるのである。
飯田真・中井久夫「天才の精神病理」 中央公論社 昭和47年刊
(2013年9月10日記)
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